明治41年(1908年)、目の見えない子どもに点字の授業を行うため、川越市の養寿院という寺の境内に開校された私立盲学校がもととなっています。
その後100年以上にわたり、視覚に障害のある人たちへの教育をおこなってきました。「塙保己一学園」という校名に改称されたのは平成22年(2010年)。郷土の偉人塙保己一(本庄市生まれ)にちなんでのことです。現在、幼稚部から高等部専攻科まで、3歳以上から60歳代くらいまでの人が、多様な視覚障害に応じた教育を受けています。
校章の意味
中央の6つの点は、点字で「目」を意味します。周りの6本のケヤキの木は、幼稚部・小学部・中学部・高等部・高等部専攻科、そして寄宿舎を表しているそうです。
学校の入り口近く…
「県 立 盲 学 校」の大きな文字プレートが立っています。
こちらからもあちらからも、同じように「県立盲学校」と読めます。
授業
この日は、9:30から12:30の間、幼稚部・小学部・中学部・高等部・高等部専攻科まで、2時限目と3時限目の授業が公開されました。寄宿舎の中も見せていただきました。
どのクラスにいる生徒も、見え方の困難さはひとりひとり違っています。社会科の授業をしていた中学生のクラスでは 、ノートに鉛筆で字を書いている生徒と点字盤を使っている生徒が混在。専攻科のクラスでは先生の講義を聞きながら拡大読書器で教科書を読んでいる生徒と、ipadを机上に置いている生徒、机上の本に顔を近づけて読んでいる生徒など、本人が一番学びやすい(現時点で慣れている)方法で授業を受けていました。
教材を展示した部屋がありました。
触察用地球儀・地図・書見台・カラートーク(音声で色を教えてくれる)・音声方位計・専攻科の教科書(墨字)などが展示されていました。
中庭 体育館 寄宿舎
校舎はシンプルな3階建て。北棟と南棟をつなぐ廊下が各階に2本ずつあります。1階には体育館へ続くコンクリートの吹き抜けの廊下があり、そこを通るときには風や草の匂い・音などが感じられます。
体育館では2時限目、小学部全体が集まって文化祭事前学習が行われていました。先生から劇の配役の発表があり、名前が呼ばれた子には拍手が送られていました。その後のあらすじの説明によると、今年の文化祭の小学部の劇は「孫悟空」に関するお話のようでした。
塙保己一学園文化祭:霜月祭 10/25~26
希望者には寄宿舎の中も見せていただきました。小学部から専攻科の60歳代の方まで、現在(2014年9月現在)74名が生活しているとのことでした。トイレや風呂場が明るい色に改装されていました。放課後の学習や趣味や余暇を充実させ、将来の自立に向けた楽しい生活をめざしているそうです。